近赤外線を吸収する「黒」の作り方|可視光用の黒が赤外で反射する理由と3つの技術

この記事の結論
・可視光をよく吸収する黒い素材でも、近赤外線はよく反射することがあります。黒アルマイトの反射率は、550nm(緑)で 5.4% ですが、950nm(近赤外)では 75.4% です。
・近赤外まで吸収する素材は、①表面の立体構造、②近赤外まで吸収する染料、③素材へのカーボンの練り込み、の3つの技術を組み合わせて作ります。
・850nm・940nm のセンサー用なら染料で、1500nm 帯まで必要ならカーボンで対応します。使う波長に合わせて素材を選ぶことが大切です。
こんにちは、暗素研の鉄平です。
この記事は、日本赤外線学会の学会誌(35巻2号)に寄稿した論文「可視光・近赤外吸収材開発における技術的アプローチ」を、ブログ向けに書き直したものです。黒い素材が近赤外線を反射してしまう理由と、近赤外まで吸収する素材をどうやって作っているのかを、写真と実測データで紹介します。
現在も販売している製品の話なので、ノウハウや具体的な原料は書けません。その点はご容赦ください。
近赤外線を使う機器が増え、「黒」の選び方が変わった
目に見えない近赤外線を使う技術は、ここ数年で一気に身近になりました。自動運転車の LiDAR、スマートフォンの顔認証、AR/VR 機器、さらに防犯や医療の分野でも使われています。
こうした機器が性能を出すには、センサーや光源だけでなく、機器の内部や周りで余計な光を抑えること(迷光対策)が欠かせません。開発や評価の場面でも、近赤外線を反射しない「近赤外の暗室」が必要になります。
可視光と近赤外線は性質が近いので、レンズやカメラなどの光学機材は共用しやすいのですが、光を吸収する黒い素材は、そのまま共用できないことが多いのです。
近赤外の波長と用途の違い
ひと口に「近赤外線」といっても、機器によって使う波長は違います。よく使われる波長と、その特徴をまとめました。
| 波長 | 主な用途 | 特徴 |
|---|---|---|
| 850nm | 防犯カメラの赤外線照明、ToF カメラ、視線追跡、短距離の光通信 | 可視光に近く、シリコンのセンサーで感度よく受けられる。光源の LED がうっすら赤く光って見えることがある |
| 905nm | 自動車などの LiDAR | 安価なシリコンの受光素子が使える。目の奥(網膜)まで届く波長なので、安全のため出力に上限がある |
| 940nm | スマートフォンの顔認証、近接センサー、ToF センサー | 人の目にはほとんど見えない。太陽光のうち 940nm 付近は大気中の水蒸気に吸収されて弱いため、屋外でも太陽光のノイズを受けにくい |
|
1550nm (1500nm 帯) |
長距離の LiDAR、光ファイバー通信、水分の測定 | 目の中の水分に吸収されて網膜に届きにくく、強い出力を使える(アイセーフ)。シリコンでは受けられないため、InGaAs などのセンサーを使う。水に吸収されやすい |
シリコンのセンサーが感じるのは約 1100nm までです。そのため、1100nm より短い 850〜940nm は、カメラや安価なセンサーと組み合わせやすく、身近な機器でよく使われます。一方 1550nm は、目への安全性と長い到達距離が求められる LiDAR や、通信・計測の分野で使われます。
注意したいのは、波長が長くなるほど、ふつうの黒い素材は光を反射しやすくなることです。たとえば黒アルマイトの反射率は、550nm では 5.38% ですが、850nm で 65.66%、1550nm では 87.57% になります。素材を選ぶときは、実際に使う波長での反射率を確かめることが大切です。各製品の波長ごとの反射率は、記事の後半の表にまとめています。
なぜ黒い素材でも近赤外線を反射するのか
可視光用の黒い素材の多くは、黒い染料で光を吸収しています。この染料は可視光はよく吸収しますが、波長が 700nm を超えると吸収が急に弱くなります。そのため、目で見て真っ黒でも、近赤外線は反射してしまいます。
下の表とグラフは、一般的な黒アルマイトと、当社の可視光用の光吸収素材(無反射植毛布NF)の全半球反射率です。可視光ではどちらも低いのに、近赤外では大きく上がり、光吸収素材としての性能を満たさないことがわかります。
| 素材 | 550nm | 950nm | 1500nm |
|---|---|---|---|
| 黒アルマイト | 5.4% | 75.4% | 87.2% |
| 無反射植毛布NF(可視光用の光吸収素材) | 0.3% | 10.0% | 43.7% |
反射率は外部試験機関で測定した全半球反射率(入射角8°)の代表値であり、保証値ではありません。250~2500nmを5nm刻みで測定した実測データのうち、250~1500nmを25nm間隔で描画しています。黒アルマイトは当社製品ではなく、市販品を同じ条件で測定した参考値です。
黒アルマイトが近赤外で反射する話は「近赤外迷光の原因!?黒アルマイトに気をつけろ!」、黒い服や布が赤外線カメラでどう見えるかは「赤外線を反射する素材・しない素材」で紹介しています。
近赤外まで吸収する素材を作る3つのアプローチ
当社では、可視光と近赤外の両方に対応し、しかも大きな面積で使えるシート状の素材を開発しています。光を吸収するだけでなく、大面積・コスト・さまざまな環境での安定性も満たすために、次の3つの技術を使い分けています。
- 表面の立体構造で、光を閉じ込める
- 近赤外まで吸収する染料を選ぶ
- 素材そのものにカーボンを練り込む
アプローチ1:表面の立体構造で光を閉じ込める
素材の吸収率は、材料そのものの性質だけでは決まりません。表面の形も大きく効きます。
表面が完全に平らだと、入ってきた光は鏡のように1回反射して出ていきます。吸収されるチャンスは1回だけです。表面に細かく複雑な凹凸があると、光は凹凸の間で何度も反射し、そのたびに少しずつ吸収されます。その結果、材料本来の吸収率よりずっと高い吸収率になります。この効果は、可視光でも近赤外でも同じです。
当社の素材の立体構造は、大きく次の3つに分けられます。
静電植毛:まっすぐ立った繊維の森
静電植毛は、接着剤を塗った生地の上に、静電気の力で短い繊維(パイル)を垂直に立てて接着する加工です。表面には、柱のような繊維がびっしりと立ち並びます。
この構造に入った光は、繊維と繊維の間で反射を繰り返しながら奥へ進み、また戻ってきます。出ていくまでに何度も反射するので、とても効率よく光を吸収できます。
静電植毛の構造が光を吸収するしくみ(模式図)
同じことは、束ねた縫い針でも確かめられます。針はメッキされていて、1本ずつ見ればピカピカです。ところが束ねて先端から見ると、光が針と針の間で反射を繰り返して弱まるので、中は暗く見えます。

束ねた縫い針。横から(左)と、先端から(右)
繊維がまっすぐ立っていることも大切です。スプレーで繊維を吹き付けるフロック加工では、繊維がばらばらの向きで接着されます。倒れた繊維が邪魔をして、光が奥まで入らずに早く出ていってしまうため、静電植毛より吸収が劣ります。
フロック加工(左)と静電植毛加工(右)
当社の無反射植毛布NFと近赤外吸収植毛布IR1500は、この静電植毛の素材です。
発泡構造:無数の小部屋で光を弱める
表面に穴が開き、中に無数の気泡がある発泡構造も、光をよく吸収します。穴から入った光は気泡の中で反射を繰り返して弱まり、外に戻る光はごくわずかになります。
発泡タイプの光吸収素材の表面(電子顕微鏡、200倍)
下の写真は、まったく同じポリウレタンシートです。左は成形したままの平らな面、右は表面を削って中の発泡層を出した面です。原料は同じなのに、表面の構造だけで黒さがこれだけ変わります。
同じポリウレタンシートの平らな面(左)と発泡面(右)
発泡構造は1種類の材料だけで作れるので、生地・接着剤・繊維を組み合わせる植毛布よりゴミ(発塵)が出にくいのが利点です。水に強く、切断などの加工もしやすいので、産業用途で扱いやすい素材です。当社のファインシャットシリーズがこのタイプです。
空隙の多い塗膜:粒を積み重ねた凸凹
塗料でも、塗膜の表面の形を工夫すれば吸収率を上げられます。ふつうのスプレー塗装は、表面がしっとり均一になるように塗ります。そうしてできる平らな塗膜は、光を閉じ込めるには不利です。
当社の光吸収塗料は、スプレーの霧が半分乾いた状態で付き、積み重なるように設計しています。粗い粒が積み重なるので、塗膜の表面にも中にも凹凸やすき間がたくさんできます。そこに入った光が反射を繰り返し、外へ戻りにくくなります。
光吸収塗料の塗膜の拡大写真(目盛りは 1000µm)
アプローチ2:近赤外まで吸収する染料を選ぶ
一般的な黒い布に使われる染料は、可視光ではよく吸収しますが、700nm を超えると吸収が急に悪くなります。
ただし、黒い染料の中には、可視光から 1000nm 程度の近赤外まで吸収するものがあります。この染料を使えば、850nm や 940nm など、産業用のセンサーでよく使われる波長に対応した素材を作れます。
アプローチ3:素材そのものにカーボンを練り込む
1500nm 帯のような、さらに長い波長の近赤外は、染料だけでは吸収しきれません。そこで、原料の段階でカーボン(炭素)の粒子を練り込み、素材そのものに吸収する力を持たせます。染料とは別のしくみで光を吸収するので、染料が効かない波長もカバーできます。
当社では、発泡ポリウレタンの製品と、一部の植毛製品で、原料の樹脂にカーボン粒子を練り込んでいます。
下のグラフは、静電植毛布の全半球反射率です。一般的な黒色染料の植毛布(無反射植毛布NF)は 700nm を超えると反射率が上がりますが、近赤外吸収染料とカーボン含有パイルを組み合わせた植毛布(近赤外吸収植毛布IR1500)は、2500nm まで 1% 未満を保っています。
反射率は外部試験機関で測定した全半球反射率(入射角8°)の代表値であり、保証値ではありません。250~2500nmを5nm刻みで測定した実測データを25nm間隔で描画しています。
論文では、この2本に加えて、近赤外吸収染料だけを使った植毛布(IR950)も比べています。IR950 は 1000nm 付近までは低い反射率を保ちますが、それより長い波長では反射率が上がっていきます。染料で対応できるのは 1000nm 付近まで、それより長い波長にはカーボンが必要、ということです。
1500nm 帯は、目への安全性(アイセーフ)の観点から LiDAR で使われるほか、水に吸収されやすい性質を利用した産業用途もあり、対応する光吸収素材の需要が高い波長です。
波長別:暗素研の素材の反射率
当社の素材の全半球反射率を、可視光(550nm)と、前半で紹介した近赤外の4つの波長(850・905・940・1550nm)で並べました。
| 製品 | 構造・手法 | 550nm | 850nm | 905nm | 940nm | 1550nm |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 無反射植毛布NF | 静電植毛 | 0.29% | 8.67% | 8.63% | 9.12% | 45.90% |
| 近赤外吸収植毛布IR1500 | 静電植毛+近赤外吸収染料+カーボン含有パイル | 0.26% | 0.27% | 0.28% | 0.30% | 0.47% |
| ファインシャットSP | 発泡構造+カーボン | 1.16% | 1.19% | 1.19% | 1.23% | 1.37% |
| ファインシャット極 | 発泡構造+カーボン | 0.70% | 0.70% | 0.73% | 0.72% | 0.74% |
| ファインシャット極XX | 発泡構造+カーボン | 0.52% | 0.55% | 0.55% | 0.56% | 0.61% |
| 真・黒色無双(エアブラシ塗装) | 空隙の多い塗膜 | 0.56% | 1.30% | 1.68% | 1.90% | 11.71% |
| 黒色無双IR | 空隙の多い塗膜 | 2.38% | 2.44% | 2.40% | 2.46% | 2.46% |
| 黒アルマイト(参考・当社製品ではありません) | — | 5.38% | 65.66% | 71.25% | 74.53% | 87.57% |
外部試験機関で測定した全半球反射率(入射角8°)の代表値であり、保証値ではありません。
選び方の目安は次のとおりです。
- 可視光だけなら、無反射植毛布NF や 特級暗黒布 太黒門 で十分です。
- 近赤外(850・905・940・1550nm)まで必要なら、近赤外吸収植毛布IR1500、ファインシャット、黒色無双IR から選びます。
- 大きな面積や暗室には IR1500、機器の内部でゴミを出したくない場所にはファインシャット、複雑な形の部品に直接塗るなら黒色無双IR が向いています。
用途別の選び方と導入事例は「光学機器用の黒色素材」のページにまとめています。
素材だけでなく、加工・組み立てまで
近赤外に対応する優れた光吸収技術は、ほかにもあります。当社が重視しているのは、実際に使えること・コスト・量産できること・品種を増やせることです。今回紹介した3つの技術は、一つひとつは新しいものではありませんが、組み合わせることで、手ごろな価格で使いやすい近赤外対応の光吸収素材を製品にしています。
また当社では、素材の販売だけでなく、部品1つからの形状加工や組み立てまで行っています。迷光の問題を、まとめて相談していただけます。
出典・著者
出典
清藤鉄平「可視光・近赤外吸収材開発における技術的アプローチ(Technical Approaches for Developing Visible and Near-Infrared (NIR) Absorbing Materials)」日本赤外線学会誌 35巻2号
清藤 鉄平(光陽オリエントジャパン株式会社 暗素研 取締役事業部長)
2009年に光陽オリエントジャパン株式会社に入社。2018年に、光吸収素材の製品企画・研究開発・二次加工・販売を手がける「暗素研」を立ち上げる。日本赤外線学会 会員。
関連記事
シェア:



